耳鼻咽喉科[喉頭温存療法]

喉頭癌のすこし専門的な話

佐野厚生総合病院耳鼻咽喉科部長
大久保啓介

ここでは、喉頭がん(癌)に対する専門的治療の実際について紹介します。喉頭癌の一般的な説明は省略しています。ご了承ください。

正常の喉頭と喉頭癌

はじめに、正常ののど(喉頭)と、進行した喉頭癌の所見を紹介します。

正常な喉頭と喉頭癌

TNM分類

癌の進行度は、原発の癌がどのくらいの大きさ、広がりになっているか(T)、所属リンパ節にどれほど転移しているか(N)、遠隔臓器への転移はあるか(M)、の3つの要素で決められています。これをTNM分類といいます。

基本的な治療方針はT分類で決定する

喉頭癌の場合、原発の癌の広がり(T)が治療方針決定に重要です。一般的に、T1とT2の早期癌は放射線治療、T3とT4および再発癌は喉頭全摘術で治療されています。これは当院においても、考え方の基本となる治療方針です。

基本的治療方針

「基本的な治療方針」の課題

しかし、さきほどの「基本的な治療方針」のみでは、以下のような課題が出てきます。

T2に対する放射線の制御率が必ずしも良好ではない。T3、一部のT4でも喉頭全摘出を回避できることがある。

米国臨床腫瘍学会の提言

国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)をはじめ、さまざまな領域で喉頭の機能を温存する治療についての提言がなされています。そのなかで、いくつか重要なことが明らかになってきました。

例えば、ASCO の臨床診療ガイドライン20061)によると、「喉頭癌T3,T4においても、喉頭温存手術、化学放射線治療、放射線治療単独のいずれも、後の救済手術を選択肢として残すならば、生存率を落とすことなく喉頭温存療法の提案が可能である。ただし治療法の選択は、患者因子、その施設での専門技能、適切なリハビリテーションやサポート体制の有無による。」とあります。

治療前に、まず考えるべきこと

すべての患者は、治療を行う前に喉頭の機能を温存する治療に適しているかどうかを評価すべきです。また、再発時の対応を、可能な限り初回治療時に検討しておくべきです。

局所再発に対する治療方法のガイドラインはない

局所再発(つまり、治療後に再びのどに癌が再発すること)の治療方法については、専門家の間でも意見が分かれており、明確なガイドラインはありません。一般的に、再発時の治療は非常に難しいですが、初回治療の内容によっても治療方法が異なります。

喉頭温存療法について

近年、本邦やドイツ、フランス、米国をはじめとする各国で、さまざまな喉頭機能を温存する治療が行われております。

喉頭の機能を温存する治療として、大きく喉頭機能温存手術と放射線治療の二つに分けられます。喉頭機能温存手術は、実は非常に多岐にわたりますが、アプローチ方法や摘出範囲、再建方法などから、つぎの3つに分類することが出来ます。

これらを当院での実際の症例を紹介しながらひとつずつ説明します。

喉頭の機能を温存する治療 1-手術 2-化学放射線治療 1-1外切開による喉頭部分切除術

我が国では1960年代から行われています。他の喉頭機能温存手術の適応が増えたため、本術式は最近では相対的に減少しています。この手術は一時的に気管切開が必要ですが、1?2週間程度で閉鎖可能で、入院期間は3週間程度です。通常、局所再発時には喉頭全摘術、もしくは喉頭亜全摘術が行われます。放射線治療がまだ行われていなければ、それも選択肢として考慮されるでしょう。

外切開による喉頭部分切除術の一例 1-2喉頭亜全摘術

フランスのLaccourreye 教授が発表し、1990年代後半に米国を中心に普及した術式です。正式名称はsupracricoid laryngectomy with cricohyoidoepiglottopexy (CHEP)、あるいはsupracricoid laryngectomy with cricohyoidopexy (CHP) です。我々のグループは2000年よりCHEPを導入しています。両側声帯、仮声帯、甲状軟骨、症例によっては一側の披裂軟骨や喉頭蓋を摘出します。一時的に気管切開を行いますが、喉頭全摘術と違い、気管切開孔を閉鎖することできるのが特徴で、発声、摂食も可能です。嚥下リハビリテーションを含めた術後の治療期間は最も長く、2ヶ月程度入院します。最近は北里大学医学部耳鼻咽喉科講師中山明仁先生の御指導のもと、一度退院して傷の状態が落ち着いてから3週間程度再入院し、嚥下リハビリテーションを行っています。局所再発はまれですが、再発時は通常、喉頭全摘術が行われます。

CHP 1-3経口的喉頭部分切除術

ドイツのSteinerのグループは、大きな腫瘍に対しても内腔からの経口的摘出を可能にする術式を行っております。彼らの術式は頸部を切開しないので体に対する負担が少なく、通常は気管切開を行いません。彼らは最近進行した喉頭癌に対する長期治療成績を発表しましたが2)、従来の手術や化学放射線治療と比較しても遜色ない治療成績が得られていて、現在世界的に広がりはじめています。局所再発時にもこの術式を行うことができることが最大の特徴といえます。喉頭全摘術、喉頭亜全摘術や放射線治療も救済手術として選ぶことが出来ます。この手術の入院期間は2週間程度です。術後出血に注意する必要があります。

手術の技術が必要なことは当然ですが、経口的切除に必要な医療器具がなければ手術自体が不可能です。設備上の制約のため、経口的部分切除術は限られた施設で施行しています。当院は平成16年に手術用顕微鏡に装着可能なルミナス製高性能CO2レーザーを導入し、平成18年には経口的切除に適したWeerda型喉頭鏡を導入しました。その後ハイビジョン内視鏡やNBI内視鏡の導入を経て、平成25年にはFK-WOリトラクター(拡張型喉頭鏡)、先端弯局型硬性内視鏡を導入しました。外科で用いている各種腹腔鏡用鉗子を手術支援器具として用いることで、現在は中咽頭癌、下咽頭癌に対しても経口的腫瘍切除を行っています。

術翌日から摂食嚥下リハビリテーションを開始します。

当院では初回手術の半年以内に2泊3日で検査入院し、再発の有無を調べています。小さな再発であれば、その時に腫瘍切除に切り替えることもあります。
2~3ヶ月毎に、5年間経過観察のために通院します。

経口的喉頭部分切除術の実際については本術式における本邦の第一人者である防衛医科大学耳鼻咽喉科学講座塩谷彰浩教授のグループに協力いただいています。

OralIncision 化学放射線治療

化学療法と放射線治療を同時に施行する方法です。化学放射線治療に関する大規模な研究(RTOG 91-11研究3))が行われ、現在この治療法の有用性が広く認識され、多くの施設でこの治療が行われています。「手術をしてもしなくても同等の成績なら、手術をしないで治療できるに越したことはない」という患者の声は少なくありません。この治療の最大の利点は手術を行わないことです(頸部郭清術を除く)。入院期間は2ヶ月程度です。投与する薬剤によっては通院治療も可能です。

治療後の口内乾燥、味覚障害から摂食障害、なかには呼吸困難が生じることがあります。また粘膜の色調が変化し、治療後の再発の有無が難しいことや、再発時の治療が困難となる、などの問題があります。再発時には、通常は喉頭全摘術が行われます。照射後の手術は、傷の治りが悪く、また食事が食べられない、といった合併症が問題となります。なかには思わぬ大手術になることもあります。放射線によって喉頭壊死を生じることがあり、その場合治療に半年近くかかることもあります。

Chemoradiation

喉頭癌に対する治療方針

院における喉頭癌に対する治療方針を簡単にまとめると、以下のようになります。

腫瘍の進展範囲や大きさ、リンパ節転移の有無、年齢、職業、優先度、全身状態、重複癌の有無などをもとに患者やご家族に最も適した治療方法を提示し、十分相談のうえ治療方針を決定します。

CL Treatment

補足

補足

補足1 喉頭癌T2について

喉頭癌T2は疾患の幅が広く、放射線による制御率が必ずしも高くはないことが明らかになっています。米国臨床腫瘍学会(ASCO) 1)は、T2をさらに2つに分けることを推奨しています。分かりやすく簡単に説明すると、「T3に近く、比較的大きい」T2は手術、「T1に近く、比較的小さい」T2は化学放射線治療が推奨されると考えて良いでしょう。

補足2 治療関連死について

ここでは、治療行為に関連した死亡を治療関連死と定義します。一般的に癌の手術後はさまざまなトラブルが発生する可能性があるため、術後1ヶ月以内に死亡した場合、すべて治療関連死と定義します。
喉頭癌の予後は比較的良好と言われています。しかし、確かに癌からは解放されていても、鼻と口から空気を吸うことが出来ない、話せないといった、辛い思いを強いられる方も少なくありません。なかには、放射線治療によって咽頭が狭くなり、食べられなくなることがあります。治療中に生じる可能性があるハイリスクな合併症としては、喉頭全摘術後に深部静脈血栓症や重篤な感染症を生じる、化学療法中に腫瘍が急速増大して、気道狭窄を生じる、放射線治療中に腫瘍から出血する、などがあります。
一般的に、喉頭癌の治療患者のうち、数%程度は何らかの深刻な合併症を生じると考えられています。喉頭癌の治療は「気道」を取り扱うため、出血や感染、肺炎、カニューレトラブルなどが窒息や低酸素脳症といった重篤な合併症に直結します。
肺癌や胃癌など喉頭癌を含む19種類の癌の、一定の期間内に術後1ヶ月以内に死亡した患者4135例の死亡原因について詳細に検討した大規模な研究の報告があります4)。その結果、「死亡した原因が癌そのものではなかった割合」は、他の癌と比較して喉頭癌が最も高く、81%と報告しています。
ドイツのSteinerのグループは、経口的喉頭部分切除術の術後1ヶ月以内に死亡した「治療関連死」と考えられる症例は3%であったと報告しています2)。確かに手術は一定の割合で不幸な結果を招く治療法といえるかもしれません。
一方、手術以外の治療はどうでしょうか。先ほど引用したRT0G 91-11研究の報告によると、化学放射線治療を行ったグループの、「治療関連死」と考えられる症例は5%であったとの記載があります3)。また導入化学療法後に放射線治療を行ったグループと放射線単独照射のグループの治療関連死と考えられる症例は、それぞれ3%と報告しています3)。 治療によって患者がお亡くなりになる、あるいは重篤な合併症を引き起こすことは我々医療従事者にとってもとても辛いことです。我々は治療中の合併症を予防するために術後管理をチーム体制で臨んでいます。
具体的な対策としては、治療前に歯科口腔外科による口腔ケアを行い、深部静脈血栓予防、あるいは廃用予防として術後患者の早期離床に務め、嚥下内視鏡を用いた摂食嚥下リハビリテーションを早期に実施し、適切なカニューレ選択、カニューレ管理を行い、看護師や管理栄養士、薬剤師やリハビリスタッフなどとの定期的な勉強会やカンファレンスを実施しています。

補足3 導入化学療法について

化学放射線治療もしくは手術の前に、化学療法を単独で行う治療のことを指します。導入化学療法自体は昔から行っていますが、新しい薬剤の登場などで、導入化学療法に対する再認識が必要になってきました。現在海外で現在頭頸部癌全体に対する大規模な臨床研究が進められております。

補足4 所属リンパ節転移について

頸部リンパ節への転移があるかないかは、治療方針や予後に大きい影響を与えます。初めに所属リンパ節の状態をN0,N1,N2,N3に分類します。一般的に喉頭の手術を選択する場合は、頸部郭清術を行います。喉頭に対して化学放射線治療を選択した場合でもN2,N3は頸部郭清術が必要となることが少なくありません。

参考資料

1) American Society of Clinical Oncology, Pfister DG, Laurie SA, Weinstein GS, Mendenhall WM, Adelstein DJ, Ang KK, Clayman GL, Fisher SG, Forastiere AA, Harrison LB, Lefebvre JL, Leupold N, List MA, O'Malley BO, Patel S, Posner MR, Schwartz MA, Wolf GT: American Society of Clinical Oncology clinical practice guideline for the use of larynx-preservation strategies in the treatment of laryngeal cancer.J Clin Oncol.24:3693-3704.2006
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez

2) Hinni ML, Salassa JR, Grant DG, Pearson BW, Hayden RE, Martin A, Christiansen H, Haughey BH, Nussenbaum B, Steiner W: Transoral laser microsurgery for advanced laryngeal cancer.Arch Otolaryngol Head Neck Surg.133:1198-1204.2007
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18086960

3) Forastiere AA, Goepfert H, Maor M, Pajak TF, Weber R, Morrison W, Glisson B, Trotti A, Ridge JA, Chao C, Peters G, Lee DJ, Leaf A, Ensley J, Cooper J: Concurrent chemotherapy and radiotherapy for organ preservation in advanced laryngeal cancer. N Engl J Med.349:2091-2098.2003
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14645636

4) Welch HG, Black WC: Are deaths within 1 month of cancer-directed surgery attributed to cancer? J Natl Cancer Inst.94:1066-1070.2002
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12122097

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