佐野厚生総合病院耳鼻咽喉・頭頸部外科主任部長
大久保啓介
「声門閉鎖術」は、もともとの病気により気管切開孔を閉じることが出来ない状態となっている患者さんのための術式です。
重い脳血管障害によって麻痺が生じた患者さんや、進行性の神経疾患、あるいは意識がない患者さんは、気道確保を主な目的として「気管切開術」が行われていることが少なくありません。
気管切開術を受けた患者さんは、気管切開孔から気管カニューレが装着されます。病気によって長期間気管カニューレによる呼吸管理が行われている方も多くいらっしゃいます。
患者さんは声門閉鎖術を行うことで、肺炎を予防する、カフ付き気管カニューレから離脱する、可能な限り経口摂取の楽しみを享受する、などの大きなメリットを得ることができます。
ご家族のなかには、「手術」と聞くと、これ以上本人に負担をかけたくない、どうしてまた手術をしなくてはいけないのか、とお感じになるかもしれません。
ここでは、長期間気管カニューレが挿入されている患者さんの状態と、声門閉鎖術を行った後について、できるだけわかりやすく説明します。
気管切開術を行った場合、通常「気管カニューレ」というプラスチックの筒を気管切開孔から挿入します。一般的にはカフ付きの気管カニューレが選択されています。
長期間カフ付き気管カニューレが気管孔に装着されていると、どのような問題点が生じるのでしょうか?
ひとつひとつ、簡単に説明します。
気管カニューレには通常「カフ」というゴム風船のようなものがついています。このカフをふくらませて気管と密着させることで唾液や分泌物が気管に落ち込まないようにしています。
のどは動く臓器なので、カフの上に溜まった貯留物を完全にブロックすることはできず、それらは時に肺に入り、肺炎を引き起こす原因となります。
気管カニューレは人工物のため、定期的に交換する必要があります。交換の際、気管や気管孔に刺激が加わるため、痛みや咳を伴います。時には出血することもあります。
長い間気管カニューレを装着していると、気管孔の周囲に肉芽(にくげ)という盛りあがりが出来ることがあります。更に進行すると気管孔の変形や狭窄をきたすことがあります。
風邪や肺炎などで痰が硬くなると、気管カニューレ内部が詰まり、最悪の場合窒息することがあります。また気管カニューレ先端は大血管が走行しているために、傷に感染などが重なると血管壁が破れ、大出血をすることがまれにあります。
気管カニューレが挿入されている患者さんの多くは、口から食べたり飲んだりすることができません。
声門閉鎖術は、左右の声帯を縫合する手術です。誤嚥を完全に防止する手術のため、「誤嚥防止術」とも呼ばれます。
「誤嚥防止術」には、声門閉鎖術の他に喉頭全摘術、喉頭気管分離術などがあります。
声門閉鎖術は、これらの喉頭全摘術や喉頭気管分離術よりも体にかかる負担が少ないため、全身状態が良くない患者さんでも手術を行うことができます。
状態によっては局所麻酔でも行うことができます。
この手術でどのような利点が生じるのでしょうか?
それを次に示します。
順に説明します。
声門閉鎖術によって気道と食道が完全に分離するために、食べ物や唾液が気管や肺に誤って侵入することはなくなります。食べ物だけでなく、唾液ですら気管や肺に入るために、繰り返し肺炎を起こすような患者さんは、声門閉鎖術を考えてもよいと思われます。この手術は「誤嚥防止術」と呼ばれる手術のひとつです。
声門閉鎖術を行うと、気管孔から痰を吸引する回数や、痰の量が減少します。
のどから唾液が落ち込むことがなくなるため、カフ付き気管カニューレは不要となります。気管孔を大きく形成するので、カニューレ自体が不要になります。
ただし頸部の状態によっては、カフなしのシンプルなカニューレを入れておくこともあります。
声門閉鎖術の術後は、口にいれた食べ物や飲み物が気管に入る心配がなくなります。意識があり、食事に対する意欲のある患者さんには、積極的に摂食を勧めています。何ヶ月ぶり、あるいは何年ぶりに口から食べることができるようになることは、ご本人やご家族にとって大きな喜びになると思います。
声門閉鎖術の意味を、喉頭機能の観点から整理して説明します。
喉頭には、「発声機能」の他に、「嚥下機能」(いわゆる飲み込み)や、「呼吸路」としての役割があります。気管切開術およびカフ付きカニューレ挿入によって、それぞれの喉頭機能が低下しています。
声門閉鎖術は、喉頭機能の観点から考えると、発声は出来なくなりますが、かわりに「呼吸路」を整え、「嚥下機能」を改善させる手術であると考えられます。
どの手術にもいえることですが、100%安全な手術はありません。また、この手術を受ける方のほとんどが重い合併症を持っています。手術を行う場合は患者さん一人一人の状態を評価し、手術の可否と危険性についてお話をさせていただきます。
この手術を受けるための入院期間は約3週間程度です。当院は急性期病院のため、声門閉鎖術などの術後に転院を探すための待機入院はできません。特に遠方から手術目的にいらっしゃる場合、当院にて治療後の退院先の提示が無い場合、治療をお断りすることがあります。ご家族の理由によりやむを得ず退院の延期を希望される場合は、差額ベットでの入院となりますのであらかじめご了承ください。
福島県大原綜合病院耳鼻咽喉科・頭頸部顔面外科部長の鹿野真人先生は、嚥下関連手術をはじめ頭頸部外科手術のエキスパートです。我々は鹿野真人先生のご厚意により直接御指導をいただく機会に恵まれ、この術式を当院で本格的に導入することができました。この場をお借りして鹿野真人先生に深く感謝申し上げます。
鹿野真人, 桑畑直史, 高取隆, 木田雅彦: 長期臥床症例に対する輪状軟骨鉗除を併用する声門閉鎖術. 喉頭 20: 5-12, 2008.
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